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福岡高等裁判所那覇支部 昭和56年(う)23号 判決

主文

1  原判決を破棄する。

2  被告人外間守之を懲役一〇月に、被告人金城信浩を懲役七月にそれぞれ処する。

3  被告人両名に対し、この裁判の確定した日からいずれも三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

4  原審訴訟費用中証人慶田元長起に支給した分は被告人外間守之の、証人田本秀章に支給した分は被告人金城信浩の各負担とし、原審訴訟費用中証人松本博明に支給した分及び当審訴訟費用はその二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官岩崎榮之作成名義、弁護人金城睦、同鈴木宣幸共同作成名義、弁護人上間瑞穂作成名義の各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小田攻作成名義、弁護人金城睦、同鈴木宣幸共同作成名義の各答弁書に記載してあるとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

一  弁護人金城睦、同鈴木宣幸の控訴趣意第一点の第一(公職選挙法違反事件についての事実誤認、法令適用の誤りの論旨)について

所論は、要するに、被告人両名に対する原判示第三、一の公職選挙法違反の事実について、原判決には以下(一)ないし(七)のように判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認、法令適用の誤りがあると主張する。すなわち、(一) 原判決は、与那国町役場職員である前楚良昌らが本件犯行前夜地方公務員法に抵触する選挙運動をしたというのは、被告人両名による単なる言い掛りであつて、被告人両名の本件行為が正当な職務行為とは認められないと判示したけれども、本件前夜の前楚方での集会で何らかの違法行為が行なわれたのは明らかであつて、右認定は事実誤認であり、また被告人らが前楚らを問い糺し、注意したのは、単なる口実ではなく、正当な職務行為の範囲内のもので刑事罰を受けるほどの違法性を有するものではないから、原判決は法令の適用も誤つている。さらに本件当日朝の被告人両名の短い会話から被告人両名につき本件犯行の共謀が成立するとも認められない。(二) 原判決は、被告人両名が本件被害者に対し革新系候補者に投票しない場合は馘首すると威迫したと認定し、被告人両名の本件行為に可罰的違法性がないとはいえないと判示したけれども、右のように威迫したとの原判決の認定は事実誤認であるうえ、被告人らの行為の態様・場所等からみて被告人両名の行為には可罰的違法性がないから、原判決は法令の適用も誤つている。(三) 与那国町の選挙運動の実態、役場内の状況等からみて本件行為のさい被告人両名には違法性の意識がなかつたから、これを肯定した原判決には事実誤認がある。(四) 仮りに被告人両名の行為が違法の評価を受けるとしても、与那国町における選挙の実態及び町役場内の実情の下で被告人両名に適法な行為を期待できる状況になかつたから、期待可能性の不存在を否定した原判決には法令適用の誤りがある。(五) 原判示第三、一、1、(一)ないし(三)の各犯行につき被告人両名と田里廣吉との間で共同正犯が成立するとした原判決は誤つている。(六) 被告人らの人事権の濫用をいう原判決の認定は誤りである。(七) 本件は、従来の保守陣営の選挙違反の場合と異なり、革新町政の被告人らを差別的に起訴したものであるから、公訴権の濫用にあたらないと判断した原判決には法令適用の誤りがある。以上のとおり主張する。

所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実調べの結果をも参酌して検討すると、原判決が、「被告人両名の身上、経歴」「公職選挙法違反関係の犯行の背景をなす事実及び犯行に至る経緯」「罰となるべき事実」と題し順次認定、判示した点及び「弁護人の主張に対する判断」と題して所論指摘の諸点につき詳細に説示する点は相当であると考えられ、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認及び法令適用の誤りがあるとは認められない。所論主張の点については再度詳細に説明を加える必要もないと思われるが、以下、特に所論が強調する点を中心に若干補足することとする。

1  正当行為(職務行為)について

関係各証拠によれば、本件前日の昭和五三年八月二八日夜の前楚良昌宅での与那国町役場内保守系支持職員数名による会合は、原判決も説示するように、同日昼間助役の被告人金城が、保守支持と目されていた町役場職員大宜味稔、後真地兆布、前西原武三を個別に呼び出したうえ、来るべき同年九月三日施行の同町議会議員選挙に革新系候補者に投票するよう暗に働きかけたことが直接のきつかけとなつて、これに憤慨した前楚が自宅に大宜味稔ら保守系支持者と目される職員数名を招き、飲酒したものであり、その席では主として被告人金城に働きかけられた不安や町職員組合主催のテンザバナ集会に呼ばれなかつたことに対する不満等が語られたこと、保守系候補者の玉城精記は、たまたま別の用件で前楚方を訪れたもので、そのさいたまたま右事情を聞いて圧力に屈する必要はないと激励したにすぎないことが明らかであつて、前楚らが公務員として禁止されている選挙運動等をしていたものでないことは勿論、何らの違法行為もしていなかつたことが認められる。また、被告人らの翌二九日から三〇日にかけての前楚ら七名に対する本件言動は、前楚らがいずれも同夜の会合が選挙運動でなかつたと強く否定しているにもかかわらず、選挙運動と疑われるような行動は慎しむようにと注意するに留まることなく、役場を辞めるように強く威迫したうえで、来るべき町議会議員選挙で誰れに投票するかと問い糺したり、革新系を支持するようにいつてその旨強いたり、具体的な候補者名を挙げて投票するように指示したり、果ては投票用紙への記入の仕方まで指示するに及んでいること、前西原武三は前楚方の会合に参加していないのに、前楚らと同様町長室に呼び出されて威迫されていることが明らかであり、これに当時の被告人両名の立場や行動状況、政治・選挙情勢、即ち、被告人外間は、昭和五二年一月二三日施行の町長選挙に社会大衆党公認で立候補し、自由民主党公認の対立候補を少差で破つて当選したものの、町議会は野党の保守系議員が多数を占めていて議会対策に苦慮していたため、本件町議会議員選挙(八月二七日告示)には革新系候補者七名全員を当選させて是非とも過半数を制しようと決意し、そのため社会大衆党党員で助役の被告人金城とともに自ら票読みや票割りをしたり、与那国においては浮動票が極端に少なく町役場職員の票の行方が当落に重大な影響を及ぼすことから、町職員組合の集会に出席して支持を求めたり、前示のように被告人金城において保守系支持職員に個別的に働きかけたりして選挙戦勝利のため革新系支持の職員を増やそうと腐心していたことなどの事情を合わせ考えれば、被告人両名及び田里が検察官調書において自白しているように、前楚らが選挙運動したので注意、叱責したというのは単なる口実であつて、その実、町役場内における保守系職員の結束を防止し、あわよくばこれを鞍替えさせて革新系候補者に投票させようとの意図のもとに前楚らを威迫したと認めるに十分である(なお、違法性については、次項で判断する)。

所論は、本件当日の被告人金城と被告人外間との話し合いは極めて簡単なものであつて、前示のような内容まで共謀したとは認められないと主張するけれども、関係証拠によれば、被告人金城は、前楚らに対し少しきついことを言つてでも同人らが革新系候補へ投票するよう仕向けようと考え、被告人外間に対し、「昨晩前楚方に職員が集まり、選挙運動をしていたようです。やめさせないといかんでしよう。しかし彼らの話次第では逆に革新の支持もできるかも分かりません。できたら頼んでみましよう」等と持ちかけたのに対し、被告人外間も、「保守側の選挙運動をやめさせるとともに、革新系候補者へ投票させるよう仕向けるため少しきついことを言つてでも、そのようにさせなければならない」という趣旨を了解してこれに賛成したうえ(被告人金城の昭和五三年一〇月一六日付検察官調書、被告人外間の同月二二日付、同月二四日(イ)付各検察官調書)、被告人両名で、こもごも、連続的に前示のような単なる注意以上の革新系支持を強いる言動にまで出たのであるから、前示のような被告人両名の立場、行動状況、選挙情勢等に照らしても、被告人両名の間に原判示の趣旨の共謀が成立したことは疑う余地がない。

2  可罰的違法性について

前示のように、本件事案は、町長、助役という町の最高責任者である被告人両名が、前示意図のもとに、役場職員七名を次々と町長室に呼び出したうえ、選挙運動したことを明確に否定している同人らに対し、「役場を辞めろ」等と威迫し、人事権をちらつかせながら、誰に投票するか問い糺したり、具体的な候補者名を挙げて投票を指示するなどして、選挙の自由を妨害したという極めて悪質な実質犯であつて、威迫の内容も露骨で激しく、被害者の数も少数とはいえず、被害者らの被つた精神的打撃も強烈であつたことなどにも徴すると、本件各犯行の違法性は極めて強いといわなければならない。

所論指摘のように犯行場所が職員事務室からも様子の窺える町長室であつたことなどの点を考慮しても、本件各犯行が可罰的違法性を欠くとは到底認められない。なお所論は、「革新系候補者に投票しない場合は、馘首すると威迫した」との原判決の説示部分は事実誤認であると主張するので検討すると、関係証拠によれば、前楚良昌に対しては、共犯者である田里廣吉が、「はつきり崎原候補を支持すると言いなさい。そうでないと町長は君を首にすると言つている」等と申し向けたこと(前楚良昌の同月一日付検察官調書、田里廣吉の同月一六日付検察官調書)、後真地吉雄に対しては、被告人外間が、「今度の選挙では自分の支持する議員に入れてくれないか。自分に協力しない者は米軍労務者のようにやめされることもできるんだ」等と申し向けたこと(後真地吉雄の同月一日付、同月一一日付各検察官調書)、その他の者らに対しても、「選挙運動するなら役場をやめろ」等と強く、しかも執ように迫つたうえで、「革新を支持してくれ」とか(東小浜功尚の同年九月三〇日付検察官調書)、「誰に入れるのかまだ決めていないというのは男らしくない。そういう気持で経済課に勤めているのか。すぐやめた方がいいんじやないか」とか(大宜味稔の検察官調書)、「君は大屋さんということもはつきりしているから役場をやめて堂々と勝負しろ」(後真地兆布の同月三〇日付、同年一〇月一〇日付各検察官調書)等と申し向けたことが明らかであつて、前楚良昌、後真地吉雄については革新系候補に投票しない場合は馘首する旨明確に威迫したと認められるし、またその他の被害者に対しても前後の言動に徴し暗にその旨威迫して同人らに馘首されるのではないかとの不安の念を抱かせたことが認められる。したがつて、この点について、「被告人両名が町職員七名に対し革新系候補者に投票しない場合は馘首すると威迫した」との原判決の説示部分は表現においてやや正確性を欠くけれども、その趣旨に誤りはなく、この点が可罰的違法性の判断に影響を及ぼすものとも考えられない。

3  違法性の意識について

選挙は、民主政治の根幹をなすものであつて、選挙人の自由意思に基づいて公正に行なわれなければならないことは、いうまでもなく、このことは、通常人の十分に理解、知悉しているものであるから、町長、助役の立場にあり、従来から政党政治活動に従事し、選挙にも関与して社会的にも経験豊かな被告人両名が、前示のような露骨な本件投票強要行為が違法なものであることを知らなかつたとは到底考えられない。被告人金城自身、住民は買収等が悪いことと思つている旨供述していること(原審第一三回公判)や原判決も説示する被告人両名の検察官調書の内容、また与那国町住民で原審証人大屋正雄の「選挙では誰を支持しようが本人の自由で、(首を切るぞと脅すのは)許されるべきことではないと思う。買収することは良いこととは思つていない」旨の供述、同町選挙管理委員である原審証人杉本正次の「買収したりすることが悪いことは皆知つている。選挙人に酒肴を出して接待するのを疲れ直しといつているが、これは後日弁解できるようにしている一種の逃げ道である」旨の供述、その他原審証人東浜正一、同安慶名勝、同米浜鳴子の各供述等にも照らすと、本件犯行のさい被告人両名に違法性の意識が存在したことを認めるに十分である。与那国町の従来の選挙運動の実態が仮に所論のとおりとしても、それをもつて被告人両名に違法性の意識がなかつたともいいがたいし、職員の出入りする町長室で本件が行なわれたとしても、被告人らは前示口実のもとに本件を敢行したのであるから、それをもつて違法性の意識がなかつたことの証左ともいえない。

4  期待可能性について

原判決説示のように、与那国町における選挙の実態や議会の実情等を考慮したとしても、本件のさい被告人らに適法な行為を期待できなかつたとは到底認めることはできず、原判決の判断に誤りはない。

5  田里廣吉との共同正犯の成否について

関係証拠によれば、原判決も説示するように、被告人外間が町長に就任した後、民生課長であつた田里廣吉は、革新系支持に鞍替えし、自己保身のため日ごろ被告人両名に取り入つていたところ、本件直前の八月中旬ころから被告人外間の意向をくみ、民生課職員の仲里静子に対し革新系候補者を支持するよう働きかけていたこと(田里廣吉の同月一六日付検察官調書、仲里静子の検察官調書)、被告人両名の前楚に対する原判示のような威迫行為のさい、田里は、たまたま所用で町長室に赴いたものであるが、被告人両名の言動に接し、その意図を十分に察知したのに、あえてその場に留まつてソフアーに同席したうえ、前楚が退室したのち、被告人両名に対し、「本気でやめさせるつもりか。自分が説得するから」といつたこと、これに対し被告人両名は、田里の同席を拒否しなかつたのは勿論、田里が前楚を説得するというのに対し、被告人金城が「そうしてくれ」と述べたこと(以上、被告人金城の同月二四日付検察官調書等)、その後被告人両名がなおも東小浜功尚、栄康吉を次々と町長室に呼び入れて原判示威迫行為に及んだのに、田里は敢えて同席を続け(ただし、一時中座したことはある)、被告人両名に同調する態度をとつており、被告人両名も田里の退席を求めてもいないこと(東小浜功尚の同年九月三〇日付検察官調書、栄康吉の検察官調書等)、翌三〇日夜、田里は、前楚方に赴き、同人に対し、「町長の命令で来た。はつきり崎原候補を支持すると言いなさい。そうでないと町長は君を首にすると言つている」等と威迫し、その翌日遂に右前楚をして後真地兆布とともに被告人らの面前で革新系候補者の崎原に投票する旨表明させるに至らしめていること(前楚良昌の同年一〇月一日付、同月一〇日付各検察官調書、後真地兆布の同年九月三〇日付検察官調書等)が明らかであつて、これに被告人両名及び田里がいずれも検察官に対しその間の共謀を肯認する供述をしていることをも合わせ考えれば、原判示第三、一、1、(一)ないし(三)の各犯行のさい同人らの間に共謀が成立していたと認めるに十分である。

6  人事権の濫用について

関係証拠によれば、被告人外間が、昭和五二年の当選夜、適材適所主義をかかげて役場職員の配置替えを行なつたこと、被告人外間は、その手腕により町役場内の保守系支持者の多くを革新系に鞍替えさせるのに成功したことが明らかである。ところで、原判決は、「被告人外間は、職員を適材適所に配置するとの名目のもとに、町長選挙の際の支持の状況をも加味した町職員の配置替えを行ない」と判示しているのであつて、被告人外間のとつた配置替えがすべて不適正、不公正なものであるとまではいつていないし、また被告人らが人事権を濫用したと明確に摘示しているものでもない。一方、客観的にみて、被告人外間のとつた配置替えが適正、公正なものであつたかどうかは別としても、役場職員や住民の一部に被告人外間が革新系支持職員を優遇し、反対派職員を不利益に扱つているのではないかとの疑念が生じたこともまた否定しがたい事実である(東浜永成、前外間武の各検察官調書、当審証人久賀正三、同長濱一男の各供述等)。したがつて、原判決の「町長選挙の際の支持の状況をも加味した配置替え」との説示部分も全く根拠のないものでもない。仮に、原判決の右説示部分が相当ではなく、これが事実誤認であるとしても、この誤りが本件行為の違法性についての原判決の法的評価に直接影響を及ぼすものとも到底考えられない。

7  公訴権の濫用について

本件事案の内容自体、選挙の自由を妨害した悪質な実質犯であつて、十分に起訴価値を肯認し得るものであるうえ、従来の保守陣営が本件行為と同様あるいはこれよりも悪質な公職選挙法違反を犯してきたこと、あるいは、右事情を捜査当局も知つていながら放置してきたことについては、これを認めるに足りる明確な証拠もないのであつて、関係証拠によつても捜査当局が被告人らを差別的に起訴したとの事情はみうけられない。この点についての原判決の説示は相当であると考えられる。

以上、原判決には所論のような事実誤認、法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

二  弁護人上間瑞穂の控訴趣意(事実誤認の論旨)について

所論は、要するに、公職選挙法違反事件について、被告人両名は、無罪であるのに、身柄を拘束され、町政を担当する身でやむなく検察官の意向に従つた供述をしたのであつて、被告人らの検察官に対する各供述調書には任意性・信用性がないし、またこの調書を採用して事実認定の基礎とした原判決には判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認があるなどと主張する。

しかし、所論の事実誤認は原判決のどの部分について主張するのか必ずしも明確ではないうえ、記録によれば、被告人両名の各検察官調書は、原審において弁護人の同意を得て取り調べられているのであつて、その任意性について格別の疑問点もなかつたことが明らかであるし、そもそも被告人両名は、原審において、違法性等についての法的判断・評価の点はともかく、本件公職選挙法違反の公訴事実の外形的事実自体については認めていたのであつて、この点を中心に供述する右各供述調書の信用性も十分に肯認することができる。原審は十分な実質審理を尽くして被告人両名に対し有罪を宣告したのであつて、その事実認定に所論のような誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

三  弁護人金城睦、同鈴木宣幸の控訴趣意第一点の第二(補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反事件についての事実誤認、法令適用の誤りの論旨)について

所論は、要するに、被告人外間に対する原判示第三、二の事実について、被告人外間の行為は、可罰的違法性を欠くか緊急避難にあたるうえ、本件公訴を提起したことは公訴権の濫用であるのに、原判決がこれらを否定したのは、事実を誤認し、法令の適用を誤つたものであると主張する。

しかし、関係証拠によれば、原判決も説示するように、不正に受給した補助金額は二〇八万円という多額に及んでいるのであつて、決して軽微な犯罪ではないこと、いかに小学校の机・椅子が老朽化し、規格が合わなくなつて授業に支障が生じていたとはいえ、曲がりなりにも授業は続けられていたのであつて、全体的にみて授業不能の状態が現在したとは認めがたいうえ、買い替えの資金捻出のため敢えて欺罔手段をとり法律に違反してまで不正受給しなければならないほどのやむを得ない事情があつたともいえないことが明らかである。本件行為の可罰的違法性は十分に是認できるし、本件行為が緊急避難にあたらないことも明白である。さらに、右事情に徴し本件の起訴価値が十分に認められるから、検察官の本件公訴提起が公訴権の濫用にあたるともいえないこというまでもない。論旨は理由がない。

四  検察官の控訴趣意(量刑不当の論旨)について

所論は、要するに、被告人両名の本件公職選挙法違反事件は、罪質・態様・実害・社会的影響等いずれの点からみても極めて重大で悪質な犯行であり、しかも被告人両名について特に罰金刑を選択し、公民権停止の規定を排除すべき特段の事情も認められないから、被告人両名に対し罰金刑を選択し(被告人外間罰金二五〇万円、被告人金城罰金一五〇万円)、公民権を不停止とした原判決の量刑は著しく軽きに失し不当であると主張する。

そこで、記録を精査し、当審での事実調べの結果をも参酌して検討すると、本件事案の内容は、既に述べたとおり、与那国町の町長、助役の地位にあつて、日ごろ少数与党として町議会対策に苦慮していた被告人両名が、町議会議員選挙にさいし、自派勢力の拡大をはかるため、保守系支持の部下職員七名に対し、勤務時間中次々と町長室に呼び出し、人事権を武器として弱みにつけこんで馘首する旨脅しつけたうえ、誰に投票するか問い糺したり、革新系候補者に投票するよう強いたり、さらには候補者名を挙げ、投票用紙への書き方まで具体的に指示して投票することを強要したりし、もつて町役場職員らと与那国町との間の特殊な利害関係を利用して選挙人である同人らを威迫し、また、町長就任前に同町教育委員会教育長をしていた被告人外間が、教育委員長や教育委員らと共謀のうえ、小学校増築工事施行にさいし、落札業者と相談して契約金額を水増しした虚偽の請負契約書等を作成してこれらを文部大臣宛提出し、もつて不正に国庫負担金合計二〇八万円を受領したというものである。公職選挙法違反については、公務員として卒先して範を示すべき立場を忘れ、与那国町役場における最高の権限を悪用し、全く弱い立場にある七名もの部下職員に対し連続的に威迫を加え、中には特定候補への投票を強要してその旨表明させるにまで及んだというものであつて、犯行の態様は、選挙犯罪の中でも最も悪質なものというほかなく、選挙人の自由意思を直接侵害して民主政治の根幹である選挙の自由を著しく妨害した結果も極めて重大である。本件に至る経緯をみても本件が単なる偶発的なものではなく、その体質に由来する根の深さが窺える。自らの政治勢力を拡大させたいとの一念から安易にこのような犯行に至つた被告人両名の法規範無視の態度には社会正義上到底許容し得ないものがあるし、その地域社会に与えた影響も無視し得ないといわなければならない。また、補助金の不正受給については、巧妙な計画的犯行であり、被害額も多額にのぼつていること、国民の血税により支えられている国の財政作用を著しく侵害し、沖縄県下の市町村の補助金事務の信用性を失墜させたことなどが指摘できる。以上のような本件犯行の罪質・態様・動機・被害者数・結果・社会的影響等に徴すると、被告人両名の刑事責任は極めて重大である。

他方、原判決も指摘するように、与那国町においては昔から政争が激しく、多年にわたり保守・革新を問わず買収・饗応接待等の違反が横行し、常態化していたのに、離島であるため捜査当局の取り締りは必ずしも十分なものではなかつたこと、補助金の不正受給については、私利私欲からの犯行ではなく、財源の乏しい中で教育長として学校の備品整備を図るため、他の教育委員らとも相談のうえ敢行したものであつて、動機において大いに酌むべき点があること、被告人両名とも前科前歴がなく、反省の情を示していること、これまで両名とも町政に相当の実績をあげてきたこと、特に被告人外間は、公判継続中ではあつたが、原審弁論終結後の町長選挙に立候補し、公明選挙に徹したすえ町長に再選されたものであつて、町民から相当の評価を受けていることなどの事情も認められるところであり、当裁判所も、これらの事情を斟酌するにやぶさかではない。原判決は、これらのうち、特に、与那国における選挙違反の常態化、これに対する取り締り状況、被告人両名がごく軽い気持で本件犯行に及んだこと、さらには町長に再選されたことを重視して、被告人両名に対し罰金刑を選択し、公民権を停止しなかつたものと思われる。

しかし、町長に再選されたことは、被告人について町長の地位を失わせたくないとの住民意思の表明であり、被告人の実績・人柄等が評価された結果であるとしても、これを余りに重視して直ちに公民権不停止に結びつけるのは、選挙違反を犯してもその後の選挙に勝ちさえすれば、公民権停止を免れることができるという社会の風潮を助長しかねないし、また与那国において選挙違反が常態化していることをもつて直ちに刑事責任を軽減するのも相当でなく、かえつて悪質な違反の絶えない状況であれば厳罰に処して一般予防をはかる必要も否定できないと思われる。原判決の強調するこれらの点を過度に重視するのは必ずしも相当とは思われない。そして、前示のような本件事案の内容自体、特に本件が七名もの選挙人に威迫を加えて選挙の自由を著しく妨害したという極めて悪質な実質犯であることにかんがみれば、前示のような被告人らに有利で、かつ、特殊な諸事情を十分に考慮し、他の同種事案の量刑と比較しても、被告人両名に対し懲役刑を選択して公民権を停止することは、到底免れがたいところであると考えられ、本件において被告人らにつき敢えて罰金刑を選択して公民権を停止しないことにするほどの事情は認めがたいといわなければならない。被告人両名について罰金刑を科し公民権を停止しなかつた原判決の量刑は、本件事案の内容を過少に評価するものであつて不当であり、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

五  弁護人金城睦、同鈴木宣幸の控訴趣意第二点(量刑不当の論旨)について

所論は、被告人両名に対する原判決の罰金額は、極めて高額にすぎて量刑不当であると主張するけれども、前示のように原判決の量刑は軽すぎて不当であると認められるから、論旨は理由がない。

六  以上、被告人両名について、弁護人の各控訴はいずれも理由がないが、検察官の各控訴はいずれも理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、次のとおり自判する。

被告人両名について原判決の確定した事実は、原判決の示す罰条に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、右は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により被告人外間につき最も重い原判示第三、二の罪の刑、被告人金城につき犯情の最も重い原判示第三、一、1、(一)の罪の刑にそれぞれ法定の加重をした刑期の範囲内で被告人外間を懲役一〇月に、被告人金城を懲役七月にそれぞれ処し、情状により被告人両名に対し同法二五条一項を適用して右各刑の執行を猶予することとするが、その猶予期間については、これが公民権停止期間ともなる点を考慮していずれもこの裁判の確定した日から三年間とし、原審及び当審訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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